蜜月ミルクセーキ

*『糖酔バニラホリック』ご購入者特典SSペーパー『片瀬さんは見た!』のつづき




 片瀬が「お邪魔しました〜」と玄関のドアを閉め、ヒールの音が遠ざかるのを聞いてから、梓真(あずま)はへろへろと上がり框に座り込んだ。
「……見られてしまいました」
「あっちも気にしてないみたいだし」
 そんなことを言われても、こっちが気になるんですよ建斗さん。
 事の発端は、梓真が締め切り日を間違っていたせいだ。片瀬を背後に待たせながらパソコンに向かってせっせと仕事をやっていたところに、そもそも今日久しぶりに会う予定だった建斗がやってきた。ケーキの手土産を持参で。
 ふたりにただ待っていただくのも申し訳ないので、そのケーキを場つなぎにと気を利かせたところ、片瀬が紅茶を淹れるため一階へ下りた隙に建斗が傍に寄ってきた。梓真が建斗をきょとんと見上げた瞬間にキスされて――それを間が悪いことに、スマホを取りに戻った片瀬に見られたのだ。
「まさかねぇ、階段下りる途中で引き返してくるとは思わないし」
 片瀬が部屋を出て十秒くらいの出来事で、まさに想定外だった。
「でも付き合ってんだもん、キスくらいする」
「そういう問題じゃなくてっ」
 仕事中だったのだ、いちおうは。自宅が作業場で、プライベートとの境目はたしかに曖昧だけど。
 うしろを振り向いてじっとり睨めると、建斗が眉尻を下げて、梓真に並んで屈んだ。男前の顔が目の前にきたら、恋愛免疫ゼロの梓真はいっぺんに頭がぽーっとなってしまう。
「ごめんな。だってさぁ……梓真の仕事が一段落して、やっと会える〜って思って、ようやくちゃんと顔を見られたわけでさぁ〜、そりゃふたりきりになった瞬間にキスくらいしたくなるってば」
「…………」
 鼓膜に響く甘い声に背骨まで痺れて、目がとろーんと垂れるのが自分でも分かる。顔が近付いただけでキスしてほしくなって困る。
「……あず、ま……その顔」
「……え?」
「今キスで怒られたばっかなのに、キスしていい?」
「……え、や……ここ玄関」
 また片瀬が何かの忘れ物をして「すみませ〜ん、わたしの……」と舞い戻ってこないとも限らないじゃないか。
「キスしてって顔してる」
 そう指摘されたときには、唇が重なっていた。建斗の胸についた手は、ふにゃりと抵抗もなく押し潰される。優しく食まれて、ほっと息をついたら、愛しいという想いがあらわな双眸で覗かれた。照れくさくてちょっと笑ってしまう。
「梓真の分の、ケーキ食べる?」
 建斗が作ってきてくれたケーキだ。もっとキスしたいけど、ケーキも食べたい。
「……食べる」
 部屋に戻ろう、と手を引かれて立ち上がった。
「筒路さんたちは何時に帰ってくる?」
 今日は両親揃って酒販協同組合のナントカに出かけているのだ。
「……夕方……夜かな」
「夜はふたりで、外で食べようか」
「え、と……はい」
 今、午後二時過ぎだけど……その夕飯までは……?
 どきどきしながら手を繋いだままで建斗のうしろをついていく。
 ――僕の部屋で、するのかな。
『チェリーレッド』にはよく顔を出すけれどふたりきりになれるわけもなく、忙しそうな建斗と短い会話を交わすだけで帰ってくることもあった。だから今日は思いっきりぎゅっとしたいし、肌と肌をくっ付けたい。
 何か言われたわけでもないのに勝手にそんな展開を想像してしまう自分に自分で「わぁっ」となって、振り向いた建斗の顔がまっすぐ見られなくなる。
「あの……お昼も食べてないので、ケーキ二個食べていいですか?」
 建斗は破顔して、「いいよ」と頷いた。
 ナッツとチョコのタルトとレアチーズケーキをお皿に並べて、まさに至福の時間だ。
 昼食を兼ねているのでどっしりしたチョコのタルトが嬉しい。丸形のレアチーズケーキはドーム状にたっぷりと生クリームがのっている。さっきまでエッチなことで頭の中が染まっていたのは、ケーキの甘みで吹き飛んだ。
「ん〜っ……」
 レモンの香りが爽やかなレアチーズと生クリームの組み合わせが神! と感激しながら嚥下する。顔のにやけがとまらない。フォークに取って、また口に運ぶ。
「ほんと梓真はケーキ食べてるとき、世界でいちばん幸せ〜って顔するよなぁ……」
「だって世界でいちばん幸せです」
 好きな人が作ってくれるケーキ、しかもそれがおいしいのだから当然だ。
 すっかりケーキに夢中になっていたら、ずりずりと建斗が寄ってきた。
「まだ?」
 すんごい接近されて食べにくいんですけど。
「あの……もいっこ食べていいですか? そのラ・フランスの……」
「それもうデザートにしなさい」
 箱を取り上げられて「あああ」となる。名残惜しげにフォークを手離せずにいたら、それも寄越しなさい、と奪われた。
 紅茶を飲んでスイーツタイム終わり。
「……全部スイーツなのに、デザートって」
「俺のことより食い気か」
 ぺろんと口の端を舐められ、くすぐったくて身を縮める。
「残りはエッチしてから食べて」
「……はっ。そういう意味で『デザート』……」
「ゆっちゃった俺が恥ずかしいからいちいち解説しないでくれる?」
 ちょっと控えめにだけど笑っちゃう。
「笑うなー」
 脇腹をこちょこちょされてひとしきりはしゃいだら、倒れかけた身体をそっと床に寝かせてくれた。建斗の両腕に顔を囲まれて、その狭い空間にふたりきり。好きな人に閉じ込められたような気分で互いの他は何も見えなくなる。
 ケーキを食べたばかりの唇をまた舐められ、建斗がくふっと笑った。
「甘い」
 愛しい、とでもいうようにうっとりと見つめられると、おんなじように愛しい想いでいっぱいになる。身体中にぶわっと花が咲くみたいな嬉しい衝動で、梓真は建斗の首筋に腕を回した。自分から顔を近付けて、でも触れ合う寸前でためらったら、代わりに建斗が寄せてくれる。唇が重なって、深く混じり合う。
「梓真……ベッド、行こ」
 眸を覗かれ、梓真はこくりと頷いた。
 昼間っから自分の部屋のベッドで、恋人と抱き合う日が来るなんて――ドキドキしながら服を脱がされて、下衣を脚から引き抜かれながら、建斗の目線が梓真じゃなくそのうしろに行っているのに気付いた。
「あず……あの、これは」
 振り向いた先、ベッドのうしろの出窓のところに片瀬からプレゼントされたアロマキャンドルやグリーンの鉢植えと並んで、スカートがひらり舞い上がる美少女の萌えフィギュアが一体。
「あ、あ、それはあれです。『美少女戦士ミルクセーキ』のミルキーです。先月発売したばかりの限定品で、やっときのう届いて。はねた髪、スカートの膨らみ方、裾が風に靡く様子も躍動的でイイんですけど、彼女のちょっと挑戦的な眸がとにかく魅力的なんです。ずっと見ていられますね。あ、しかもこれ、シリアルナンバーが1なんですよ!」
「……そ、そうなんだ?……」
 はっ! オシャレカフェ店員が到底分からない話をべらべらとしてしまった。
「す、すみません。嬉しくて、その……しばらくは近くに置いて寝たいなって……」
 声がだんだん尻すぼみになる。オタク丸出しの趣味を彼は笑ったりしない人だけど、さすがに一緒に寝てます発言はいかがなものか。
「……ま、いーや」
 建斗はからりとした口調でそう言い、足首に引っかかっていた下着を取り上げてむふふと笑っている。
 ――あんまり気にしない人でよかった。
 しかし、これからいたす場所ではなく、フィギュアはしかるべき場所にちゃんと片付けておくべきだったのだ。


 梓真の顔を見ながら挿れるのが好き、と言われるから、いつも最初は正面から抱き合って繋がる。雁首の出っ張りが隘路を分け入ってくるかんじにぞくぞくしてる――その顔を建斗にじっと見下ろされながら、見ないでと突っぱねたり隠したりする手を柔らかにとめられた。
「まだ馴染んでないところに、挿れられるときの梓真の顔が好きなんだってば」
「……や」
 建斗に中をゆっくりと擦られて徐々に挿入が深くなるのが、身震いするほど気持ちいいのだ。きっとそれが丸わかりの顔をしてるので、見られたくないというのに。
「あっ……ん、ふ……」
「久しぶりだもんね……気持ちよさそうな顔してる」
「……だって……」
「ほんとに、気持ちいいもんね。俺にこんなふうに挿れられるの、好きでしょ」
 ふふっと唇の上で笑われ、開き直って梓真は自分から重なりを深くした。
 挿れられながらのキスも好きだ。
 最奥を先の丸みで優しく突かれ、じぃん、と腹の底から背筋に向かって快感が染みていく。ゆるいリズムでそれを繰り返されるうちに快楽はどんどん溜まって、膨張していく。
「んっ、……っ……」
 ぐーっと押し込まれると脳天まで痺れて、腰の辺りにある建斗の膝を思わず掴んだ。抽挿に合わせて動く膝に指を引っかけて手繰り、梓真も腰を押しつける。
「あっ……あ、あっ……あぁっ……」
 深いところで交わってるのが全身で分かって嬉しい。
「ちょっと激しくしていい?」
 奥に嵌め込まれて浮き上がった腰の下に枕を噛まされ、角度を保ってぐしゃぐしゃと音が響くくらい抽挿された。
「あっ、ああっ、ん、んぅっ……!」
 いちばんイイ場所をダイレクトに擦り上げられる。建斗の首筋にしがみついた格好でひととき、目も開けられないほど揺さ振られた。
「はぁっ……はぁっ……」
 小休止で、首筋にキスされて顔をすりつけられる。甘える仕草に似てるのに、梓真にはそれがぞくぞくするような愛撫にしか感じられない。
「んんっ……!」
「梓真、ここ好きだね。うしろがきゅうきゅうってなる」
 収縮しているところをまた荒く抜き差しされて、梓真はたまらず声を上げた。
「や、だっ……や……やっ……」
 首筋の柔らかいところを嬲られながら硬茎で奥まで掻き回され、息の仕方も忘れてしまう。気持ちよすぎて頭の中も瞼の裏も真っ白に塗りつぶされた。
「梓真……梓真っ」
 上擦った声で、建斗も気持ちよさそうなのが分かってそれに煽られる。
 建斗におしえられるリズムに合わせて一度腰を揺らすと、足先まで痺れるほどの快感が突き抜けた。
「――っ!」
 また同じ快楽を求めて何度も、何度も、とまらなくなる。
「梓真が……腰振んの、やらしいって……!」
「だって」
「だめ、困る、ちょっと……早くイっちゃうって」
「やだ……やだ、んんっあぁ……」
 行為に夢中になっていたら、「梓真、これ持ってて」と何かを手渡された。つい反射的に掴んで瞠目する。
「ちょっ……! わあっ! なんっ」
 まさかの物がそこにあった。梓真の手の中に『美少女戦士ミルクセーキ』のミルキーがいる。
「ちゃんと持ってな。そこらに落とすと壊れるぞ」
「やだ、やだっ」
 そんなばかな!
 どこの世界にフィギュアを胸に抱いてえっちするやつがあるか。いや、探せばどこかにはいるかもしれないけど。
「建斗さんっ、や、だぁっ……ミルキーがっ……」
 うえっ……と半泣きになったら、さすがに悪いと思ったのか元に戻してくれた。
「いじわるですっ、……き、気持ちよかっただけなのに」
 振るなって言われてんのに腰振っちゃったらひどいお仕置きだ。
「ごめんごめん、咄嗟に。だって、久しぶりなのにもうイッちゃうとかさぁ」
「そんなの……い、いっぱい、すればいいじゃないですか」
 建斗が目を瞬かせ、やがて神妙だった顔が崩れて、にこぉっと笑う。
 解決策に更なるエッチをおすすめ。梓真は快感のせいで半分くらいしか頭が回転していない。
「挿れっぱでもいい? 中に何回も出していい?」
「う……」
 とろとろに蕩けたところをゆるゆると突き上げられ、再び熱が戻ってくる。
「あ……あっ……ん」
 脚を持ち上げられて、繋がったままの身体を反転させられた。うしろから突き込まれたら、これまでと違ったところをこすり上げられ、そのあまりの気持ちよさに首を仰け反らせる。
 赤く膨らんだペニスを弄られながら、後孔を奔放に犯された。入り口から奥へ、振り幅のあるストロークで隅々まで抉られる。身体が大きく前後に揺れて、その勢いで出窓の縁をうっかり掴んだ。涙で滲み、朦朧となった視界にはさっきの萌えフィギュア『美少女戦士ミルクセーキ』。
「あ……くそっ……そいつが俺を挑戦的な目で見てくる!」
 しかしその挑戦的な眼差しが彼女の持ち味なのだ。
 こっちを向いていた萌えフィギュアを、建斗がくるりと半回転させた。
「はぁ……梓真、ミルキーさんはもうあっちに、戸棚にしまって、な」
 最初からそうしていればよかったです。
 建斗が背後で笑っている。
「気が逸れてちょうどいいインターバルになった、かも」
「ああっ……!」
 シーツの上をずるりと引き摺られた。膝を立てて高く突きだした腰を両手で掴まれ、深く掘り込まれる。溢れ出た蜜が腹を伝って胸まで濡らした。それを乳首に塗って捏ねられると、ぞくぞくと全身が震える。太腿に鳥肌を立てて、そこを建斗の手が優しくさするから、また腰が勝手に揺れてしまう。
「け、んとさんっ……」
 腰を掴む建斗の手に指を絡めて引っ張った。
「イきそっ……です、もう」
 察した建斗の手が前に回ってくる。今にも弾けそうになっているペニスを握り込まれ、うしろに突き込まれるのに合わせてぐちゃぐちゃとこすり立てられた。
「あっ……イく……イくぅっ」
「俺も」
 深く合わさったところで建斗が弾けるのを感じながら、梓真もシーツをぐっしょりと濡らす。尿道を滾った精液が迸る感覚は、腰が抜けるほど気持ちいい。
「はぁ……はぁ……あ……」
 さんざん昇り詰めてついに弛緩した身体を、建斗に背後から抱きとめられたまま横たえられた。
「……あぁ……気持ちよかった」
「……うん……」
 頷いて建斗の腕の中でうっとりと目を閉じる。
 建斗が背後から耳朶にキスしてきて、たったそれだけでぞわりと肌が粟立った。シーツに頬をすりつけ、ン……と鼻を鳴らしてしまう。
「感じすぎかわいい」
 ぴんと立った乳首を弄られ、半勃ちのものを揉まれて、ゆるい刺激に梓真はぐずぐずと悶えた。下降線を再び上向きにするような愛撫に、また身体は昂ってくる。
「建斗さ……」
「んー?」
 うしろを振り向いて建斗の頬に額をくっ付け、すりすりしながら唇を寄せたら、軽く触れ合わせるキスを何度もくれた。
 キスしたら、もっとくっつきたくなってもぞもぞしてしまう。
「梓真、抜けちゃうって」
「……前から……が、いいです」
「じゃ、だっこでする?」
 あ、それけっこう好き。密着できるから。
 おなじ向き合ってするのでも建斗の表情がよく見えるし、いつもは梓真が見上げているから目線が変わって新鮮なのもいい。
 ――でも一度離れてまた向き合う瞬間は、ちょっと恥ずかしいな……。
「おいで、梓真」
 優しく呼ばれて素直に従う。
 建斗の首筋に腕を回して、少し上の位置から彼の顔を見下ろした。額にキスをして、唇にも。愛しい気持ちが溢れたら、何か考えなくてもそうしてしまう。
 背骨に沿うように滑る指に肌をざわめかせながら再び繋がり、梓真はほっと息をついて建斗の肩口に頭をのせた。
 他人の身体の一部が自分の中に入っているなんてよく考えたら異様なことなのに、これで全部のパーツが揃って、やっと完成された心地になる。
「幸せ……」
 思わずぽろりとこぼれた言葉に、建斗が頷いた。
「俺も、幸せ」
 ぎゅっと抱き合って互いの想いをそこであたためあったら、ふたり分の幸福感で身体中、部屋全体まで満たされる気がする。
「ミルキーさんが『見てらんないわー』だって」
 変な裏声でアフレコをする建斗に、梓真はぎゅっとしがみついて笑った。