背中越しに恋、というよりもはや愛

*ご購入者特典SSペーパー『背中越しに恋』のつづき




「りんご飴って、ぱくって、がぶって、囓るんじゃないの?」
「食べにくいだろ。りんご飴まる囓りって、ワイルドなんだかキュートなんだか」
キッチンに立つ深尋の左側で、准平(じゅんぺい)深尋(みひろ)がりんご飴を串から抜く様子を見守っている。
神楽坂まつりで、准平に赤いりんご飴を買ってもらった。イマドキのりんご飴は、ラムネ味の水色やメロン味の黄緑色なんてものもあって斬新だ。
あとは、綿菓子とたぶん今放送中の戦隊もののお面も。そのお返しに准平にはほおずき市で鉢植えのほおずきを買ってあげたら、帰ってからさっそく水やりをしていた。
「りんご飴は一度冷やして、串から外して、包丁で薄くスライスすると食べやすいし、飴の甘さとりんごの酸っぱさが均等になる」
「……なるほど」
「あ、興味なさそう」
「りんご飴って食べたことない」
「えっ、マジで?」
目を丸くする深尋に、准平が「うん」と頷いている。
包丁でスライスした一枚をつまんで、准平の口元に近付けた。一瞬首が退けたものの、准平はぱくんと噛みつき、しゃりしゃりと食べて頷いている。
「甘酸っぱさがいいかんじ」
「りんご飴をまる囓りすると、飴、飴、りんごりんごりんごーってかんじになる、っていうのを知らないで大人になったのか」
「食べにくそうっていうイメージで避けてた。汚れそうだし、落ちそうだし……って想像で、もういいや、ってなる」
「そういうとこ保守的かと思えば、案外果敢だし……」
准平は見た目の温和なイメージを裏切って思い切った行動をするところがあるから、深尋はそれで何度も驚かされている。やるときはやるやつ、ってたぶん准平みたいな、ここぞというところで行動力のある男をさしていうのだろう。
「全部に保守的、全部に果敢って人間もいないだろ」
「まぁ、そうだけど。中坊の初キスでいきなりディープなやつかまそうとするし、『恋人』なんて(いつわ)って記憶喪失の男を連れ帰るし。りんご飴食べるのたいへんそう、なんて言ってるやつがまさかの行動でびっくりだ」
「深尋とのことは、果敢っていうか、必死だっただけ」
「必死に見えないとこがすごい」
「深尋はあのとき、おなかを空かせた蜘蛛の巣に落ちてきたんだよ」
歩道橋から落ちてきた元同級生を通りがかりに偶然助けたというきっかけを、准平は強引に『恋人設定』にして繋ぎとめた。
「あぁ、そうだった。中学で初めて会ったときも『落ちてきた』んだよな、俺が」
恋に落ちるんじゃなくて、心の中に落ちてきたんだと、准平は言っていた。
出会った瞬間も、再会したときも、准平の中に落ちていた。幸せに搦め捕られるばかりの、甘い綿菓子みたいな准平の蜘蛛の巣。
蜘蛛がするように、うしろから柔らかに抱きしめられる。准平に首筋を甘ったるく噛まれて、深尋は肩を竦めた。
「逃げないと食べられちゃうよ?」
准平に優しくしゃぶられて食まれる自分を想像して、喉の奥で笑う。喰われるのに、ちっともいやじゃない。
「逃げないよ」と答えて、深尋は身体に巻き付く准平の腕に手を添え力をこめた。