*『糖酔バニラホリック』本編ではショートカットされていた建斗→高晴への恋愛相談シーン
高晴の部屋にいるペット……いや通称『頼朋さんの部屋』の番犬・アフガンハウンドのヨリトモは、相変わらずツーンとした顔でリビングのラグの上に寝そべっている。
高晴は建斗の前にコーヒーカップを置き、テーブルを挟んで向かい合うかたちで椅子に腰掛けた。
「それで、柊木さんが僕に相談事とは……どうしたんですか」
「男に、惚れたかもしんない。でもちょっと失敗して、避けられてる」
ストレートな言葉で憶することなく話し出した建斗に、高晴が目を大きくする。
「……お相手は梓真くん、ですか?」
そうとしか考えられないと言わんばかりの問いに、建斗はうんうん、と頷いた。
「せっかく毎日スイーツを食べに来てくれてたのに……電話にも出てくれない。だから今は無理に追っかけたら逆効果かなって」
「どうしてそんな事態に……いったい何を『失敗した』んですか?」
肝心なところに触れずに相談するのは無理と諦めよう。
「あー……、だからその、ちょっと、手を出して」
「手を出して!」
「……さわっ、た……的な」
建斗の桃色な告白に高晴が半眼になっている。
「違うって、そのときはいやがってるふうじゃなかったんだけど」
しんと静まる。高晴はじっと俯き、顔を上げた。
「もしかして、まさか、あろうことか、気持ちを伝えてない……とかですか」
「言ってない、っていうか……そうなってから俺も気づいたっていうか。あんときは……かわいくて、触りたくて、とまんなかったんだ。感情が先行して自分の気持ちと向き合うのが後回しになって」
これまではちゃんと段階を踏んで恋愛してきた。女の子が相手のとき、攻め方がどうとか考えたこともないのに、梓真にはどうしたらいいのか分からない。
「敗因はまず、自分の気持ちを伝えていないところにありますね。今は、好きなんですよね。避けられてることを悩むくらいには」
「そうだな。前みたいに、店にも来てほしいなって思うし」
さすがに、また触りたいとかエロ方面の願望を高晴に告白するのはやめておいた。
高晴は「分かりました」と頷き、きりりとした顔でまっすぐに見据えてきて建斗はちょっと怯んだ。どんなご高説が聞けるのかと期待に胸が膨らむ。
「先日お伺いしたお話ですと、梓真くんのご自宅は酒屋の裏の戸建てでしたね。ここはひとつ、梓真くんの部屋がある二階からロミジュリ作戦です」
「……二階から……? えっ、登るってこと?」
「下から呼ぶのはご近所迷惑になって目立つので、やめておくべきかと」
はい終了。しかもご近所のことは考えるのに、その他がまるっとないがしろだ。
「家族と同居してんだぞ」
「だから二階から。まず相手の退路を断つ、これが基本です」
「それ押し入りだ。逮捕される。お前、法は犯さないんじゃなかったのか」
「そのぎりぎりのところが狙い目です。『このままじゃ足を滑らせて落ちる!』とか、相手が『入れてあげなきゃたいへん!』と思うように仕向けるんです。あくまでも、合意の上の侵入です」
高晴は決してふざけてはいない。これで、まじめに相談にのってくれているわけだ。
「…………さすが。頭を使う変態。恐れ入る」
「もしくは、一緒にひきこもる、とかどうでしょう」
「は?」
「まずは相手と同じ状況になり、彼の心理や生き様を深く知った上で生涯共存したい……との姿を絵空事じゃなく目の前でアピールするんです。梓真くんの隣のお部屋、フィギュアでいっぱいだそうですね。そちらに居候を願い出るとかいかがでしょうか。将来のことを踏まえると、先にご両親のご理解を得て、味方につけておくのは大事かもしれません」
「…………」
変態ストーカーからの恋愛アドバイス。ナナメすぎてひとつも頷けない。
「そういえば頼朋さんのご両親……お母様とはお会いすることはできませんし、お父様のほうとはいろいろありましたけど、今では感謝してるんです。だって、あんな素敵な美青年の頼朋さんをこの世に、僕に、授けてくださったんですよ。健やかに麗しく育った頼朋さんと僕は運命的に出会って恋に落ち、大恋愛の末に今はこうして……」
「さんきゅ。帰るわ。あ、次はヨリをちょっと借りるから」
カップに残っていたコーヒーをいっきに飲み干して立ち上がった。すると高晴が「ああっ」と声を上げる。まだ何か?
「柊木さん、僕は今、凄いことに気付きました。僕と頼朋さんが花繋がりだったように、柊木さんと筒路梓真さんも花繋がりです。ヒイラギとツツジ……恋人になる運命です!」
「……その理論でいくと、お前と俺もユリとヒイラギ。花繋がりで運命の出会いってことになるけどな」
「苦難に負けず、がんばってください」
「相変わらず都合が悪いとこはスルーかよ。じゃあな」
いつの間にか『頼朋さんがいかに素敵か』の話題になってるし、まったくなんの参考にもならない話で時間ばかり食ってしまった。
高晴の部屋を出て、そのまま隣の頼朋のところへ移動する。
「隣りに住む変態は、お前が責任持って一生大事にしろよ」
建斗の言葉に頼朋は目を瞬かせて「え? あぁ、うん。分かってる」と笑った。