*電子書籍版『宵越しの恋』の特典イラストをイメージして書き下ろしたSS『十五夜の恋』のその後です
十三夜のお月見をしようと、今夜は清酒と肴を準備した。
深尋が作ってくれた肴は、脂がのったさんまの焼き物、里芋のあんかけ、月見つくね。
あとは『糀谷』の大豆の豆大福、茶巾しぼりの栗きんとん、風に揺れるすすきを錦玉羹に閉じ込めた上生菓子も並ぶ。
十五夜の月は深尋とふたりで『糀谷』の茶寮から眺めたけれど、十三夜の今夜はマンションのベランダから。見上げた夜空に浮かぶのは、
テレビも部屋のメインの電気も消して、床置きのルームランプと、蝋燭のほのかな灯りの中で酒を酌み交わす。
「月見つくね、おいしい。この里芋のやつは一度揚げた?」
「揚げて、きのこのあんをかけた」
「さくさくにとろとろだ。里芋って煮物か汁物でしか食べたことなかったなぁ」
深尋が作る料理はどれも素朴でおいしい。月を愛でるのも忘れて、酒のアテというより普通に食事の勢いで食べてしまう。
そんな准平を見て、深尋が笑った。
「腹減ってた? 5時頃に店で弁当食ってたろ」
「うん。でももう8時すぎだから、おなか空いた。里芋のこれ、おいしい」
「あんが好きなんだ?」
「いや、中華丼はあんまり好きじゃないしな。だけど……深尋が作ったこの、きのこのあんは好き」
こんなふうに、互いの食べ物の好みをいまだに新発見することがある。
深尋から言わせると「准平は子供舌」とのことだ。たしかに辛い・苦い・すっぱいとかが苦手で、カレー味にしたら案外食べられたりするところはそうかもしれない。
「……ふぅん。じゃあこんなかんじのあんで、今度中華丼作ってやろっか?」
「うん」
頷いたら、深尋が隣で肩を揺らした。恋人になってから、深尋はことあるごとに「准平、かわいいな」と言ってくる。今のも、そんな笑い方だ。
ぐい呑みの清酒を啜り、うっすら笑みを浮かべたまま月を見上げる深尋の横顔を、准平はじっと見つめた。
『糀谷』で和菓子職人見習いとして働いている深尋とは、表情がぜんぜん違う。目尻がとろんとして、フローリングからベランダにだらりと伸ばした脚も、力が抜けた腕も隙だらけの雰囲気だ。
「月って、うさぎが餅つきしてるみたいに見えるっていうけどさぁ、ほんとにそう? こどもの頃も、どういう角度からならそう見えるんだ? って疑問で……」
深尋は首を伸ばしたり、右に傾けたり、左に捻ったりしている。言動がふわふわと揺らいでいて、すでに少しお酒に酔っているみたい。
ふと、いたずら心が湧いた。月に夢中の深尋に不意打ちで、桃色の左頬の端にある小さな泣き黒子をぺろりと舐めたら。
「わあっ」
予想以上に深尋はびくっと身体を揺らして、手元の清酒を浴衣にこぼしてしまった。
「ちょっ、もおっ、びっくりした! やばっ、浴衣にお酒がっ」
慌てつつよろよろと立ち上がった深尋のあとを、「……あぁ、ごめん」と謝りながら追う。
「准平ぇー」
「そんなに驚くと思わなかった。ごめん」
薄暗いリビングを抜けて洗面所に向かう。洗面所の電気を点けると深尋がまぶしさにぎゅっと顔をしかめたので、洗面台のライトだけ点けて部屋の明かりはオフにした。
清酒は深尋の浴衣の、膝上のあたりに染みこんでいる。
「タオルを下に入れて、水を含ませたタオルで上から叩けばいいのかなぁ……。もう、ばか准平」
「ごめんごめん」
お酒が染みたところをぱたぱたとタオルで叩いて一生懸命汚れを落としている深尋には悪いけれど、俯いた首筋とか、捲ったところから覗く白い太腿に目がいってしまった。洗面台からの淡い光源に照らされて浮かび上がる肌が、妙に艶めかしく映る。
清酒をこぼしたところをくんくんとして「どうにかなった」と頷いて身を起こした深尋を、背後から搦め捕った。鏡越しに、深尋はきょとんとしている。
「……何?」
戸惑いの混じった問いに、深尋の肩口に顔を寄せて「ん……」と応える。その声や、わずかな余韻で深尋も感じとったのだろう。戸惑って、「ええ?」と笑っている。
「准平にスイッチ入る瞬間が、ほんといつも謎なんだけど?」
深尋からしたら、こぼした清酒を拭き取っていただけだ。今すぐベランダのほうに戻って、月見の続きをしたいと思っているに違いない。
「酔った深尋がなんか……色っぽいから」
「そんな酔ってないよ? 浴衣の汚れを落としてただけなのに意味分か、っ……」
ほろ酔いがいちばん隙だらけで艶っぽく見えるって、深尋は知らないのだろうか。
掛け衿から手を突っ込んで、素肌に触れる。いつもより肌の体温が高い。指先で小さな突起を探って転がすと、深尋は洗面台の縁に手をついてそこをぐっと掴んだ。
「こ……ここで……?」
「したことないね」
わざわざこんなところでしなくても、広くてゆったりと身体を繋げられるベッドが部屋の中にあるのに――深尋が言いたいことは分かる。
首筋を唇で愛撫しながら鏡越しに目を合わせると、恥ずかしいのか深尋が目を伏せた。
「鏡があるのも、初めて」
「やだって」
「どんなふうにされてるか、見えるよ?」
「そんなの恥ずかしいだけだろ。自分の変な顔が見えるし。やだよ……」
緩い抵抗を押し退けて、
「やだって言うわりに、反応してる」
「こんなことされたらっ……」
横目で睨める深尋の頬にキスをして、そこから唇を滑らせて耳朶をしゃぶったら、肩を竦めておとなしくなった。でも唇は相変わらず固く引き結ばれている。葛藤が覗く表情が扇情的で、あとひと押しで落ちそうな理性をどうやって崩そうかと考えるのが楽しい。
深尋の下着の中に左手を入れて、さらりとした触り心地の陰茎を撫でた。それに反して、先端が当たっている布地の辺りは濡れていて冷たい。
先端をわざとぎこちなく弄ると深尋の尻が揺れる。焦れてる――准平は喉の奥で小さく笑った。
深尋の浴衣をたくし上げ、反対に下着を下ろした。
ついでに洗面台の下の扉を開けて、そこにストックしてあったジェルを取り、片手で蓋を開ける。それを深尋の臀部に垂らし、塗り広げた。
「ほんと? ほんとにすんの?」
どこまでやる気? と言いたげな深尋のあらわになった臀部に右手を忍ばせる。肉襞を分けて、中指を突き挿れた。
「んんっ……! や、だ……」
そのまま届くところまで無遠慮に指を挿入させると、深尋の身体がびくびくっと跳ねる。道筋をつけ、すぐさま人差し指も捻じ込んだ。
奥に突っ込んだまま半回転させて、甘美な快感を生む胡桃を探る。まだ理性の残る深尋を宥めるつもりで指の腹でそこを擽ってやると、やがて息を弾ませだした。
指と内壁が馴染んだのを見計らい、ぐりんぐりんと回転をつけながら抜き挿しすれば、深尋の腰がそれに合わせてゆらゆらと揺れる。
「ひっ……ん、……あっ……」
深く項垂れて喘ぐ深尋の顔をこちらへ向かせて、泣き黒子にキスをひとつ。深尋の濡れた眸が睨めるのを微笑みでいなして、唇を舐めた。
「挿れるよ」
洗面台に手をついて待つ深尋の後孔に硬く猛ったものを潜り込ませ、突き出した深尋の尻たぶをひろげて深い位置まで進む。
温かい深尋の肉襞がきゅううと絡みついてくる。背筋がわななくほど結合の快感に痺れながら、准平はさらに押し入って最奥に嵌め込んだ。
「んうっ、んっ……っ……!」
深尋の内壁が驚きのためか、わずかに痙攣している。准平は奥歯を噛んで、引き摺られそうな愉悦の濁流に耐えた。
「ふ……う、……気持ちい……」
「んっ、准ぺ……お、奥っ……苦しいっ……」
「うん……ごめん」
気忙しく繋がったせいで息も絶え絶えな深尋の背中に覆い被さり、無理を強いた身体を包み込んで優しく抱きしめる。
動かなくても深尋の中が時折うねり、じいん……と腰に染みこむような快感だ。
深尋の浴衣の掛け衿を掴んで、剥かれてあらわになった肩甲骨の黒子にキスをする。そこに頬を寄せて、准平は熱いため息をついた。背中に甘えるような格好で、深尋の腕や腰をさすってやる。
背中に浮き出た骨に歯を立てて、埋め込んだ屹立でゆったりと掻き回したら深尋が呼気を震わせた。
「深尋ん中……びくびくしてる。……気持ちよくなってきた?」
「……っ」
返事がなくても身体の反応が明らかで、言わずもがなだ。
乳首を弄ってやりつつペニスも手淫すると、ついに内襞が卑猥に蠢きだして、准平としても腰を使わずにはいられなくなる。
「強く動くよ」
深尋の腰を掴み、大きくスイングして、ぶつけるように抜き挿しする。ぐちゃ、ぐちゃとジェルが掻き回される音が辺りに響いた。
「あっんっ、あぁっ……! あぁっ!」
深尋は首筋に鳥肌を立てて声を上げている。ひどく感じているのが鏡越しにも見て取れて、自分が深尋をそうさせているのだと分かると、胸が痺れるほどどきどきと逸った。
もっと気持ちよくさせたい。他を何も考えられなくなるくらい、夢中にさせたい。
深尋の右脚を膝裏から掬って持ち上げ、洗面台に引っかけさせる。
「じゅ、准平っ、へ、変な格好させっ……やっ……!」
「変じゃないよ。やらしいだけ」
鏡見て、と耳元に囁くと、深尋は一瞬目線を上げたけれど、すぐに眉をしかめて目を伏せた。
浴衣はすっかりはだけて乱れ、素肌が蜂蜜色のライトに照らされているのが艶めかしい。
洗面台の縁に手をつき、そこに右脚を引っかけさせた卑猥な格好でセックスしている自分たちを見て、准平は目眩がするほどの興奮で身震いした。
深尋をくまなく奥まで掻き回し、突き上げる。
脚を広げているからか、ますます蹂躙の音が大きく響いて、視覚的にも聴覚的にもひどく卑猥だ。
「はぁっ、ああっ、やっ……准平っ、准ぺっ……やあっ、だ、っ」
揺さ振られ、突き上げられて逃げを打つ深尋は、ついに鏡に左手をついた。
深尋は腕で顔を隠すようにして鏡の中の深尋自身から逃れているけれど、准平から見たやらしさは何も変わらない。
逃げる深尋を引き戻し、奥まで銜え込ませて捏ねるように腰を使う。たまらないところに当たっているようで、深尋がぶるぶると身を震わせた。その身体のあちこちが悦楽に染まって粟立っている。
「だめっ……それっ……あ、んんっ、……イ、きそっ……あっ、あぁっ」
「俺も……深尋の中、汚していい?」
外に出したくない。自分と繋がった証拠を、深尋の身体の奥に残せるから。
搦め捕って自分のものにして、何か具体的な不安があるわけじゃないけれど、金輪際だれにも触らせないと誇示するために縄張りしたがっているみたいだ。
穏やかで明確な独占欲を知らない深尋は、目を瞑って快感に浸り、ただ甘ったるい嬌声を上げている。感情の醜さを知らせたくはない。それでいいと思う。
悦楽に浸って揺れている肩甲骨の黒子に再び口付けた。独占欲のうねりが、自分の中で放出を待って大きく渦巻いている。
准平は震える身体をぎゅっと抱きしめてついにその奥に情熱をしぶかせ、同時に極まった深尋の背中に熱い息を吐きだした。
深尋も胸を大きく喘がせ、快感の余韻に震えている。揺れる深尋の肩甲骨の黒子に誘われて、准平はそこにキスの痕を付けた。ちりっと焼けるような痛みが走ったらしく、深尋がびくりと背を反らす。
付けたばかりの薄紅色に、准平は指で触れた。すっかり満たされて思わず頬が緩み、ひとり悦に入る准平の前で深尋が身じろぐ。
「……キスマークは人に顕示するためにやるやつだろ? だれも見ないよ、そんなとこにつけたって」
「俺だけが知ってる、っていうのがいいんだ。俺がつけたしるしは、だれにも見せない」
拘束の腕をきつくして、キスのしるしをぺろりと舐めた。
閉めた窓の向こうには、ぼんやりと夜空に滲む月。フローリングにふたりでごろんと寝転がって、腕枕で十三夜の満月を眺める。
横臥した深尋を背中から抱いて、指と指を繋ぎ、ふわんと跳ねる髪に口付けた。
さっきまで深尋は「まだ和菓子だって食べてないし、ちゃんとお月見になってない」とぶつぶつ文句を言っていたけれど、今はすぅすぅと寝息を立てている。
一緒にいる相手は起きてないとつまらないからいやだという人もいるけれど、准平は好きな人をゆったりと抱き寄せて、ひとり幸せに浸るこんな時間も好きだと思った。
もうどれくらい時間が経ったのか、最初見たときより月の位置がだいぶ移動している。
隅から隅まで幸せに満たされたら、頭の中がからっぽになってしまったみたいだ。ただ腕の中のぬくもりだけをリアルに感じる。
准平は身を起こして、眠っている深尋の横顔を覗き込んだ。
安穏として、安心しきった柔らかな頬が、真珠色の月みたい。
「綺麗……」
起こさないように、そこに注意深く唇で触れた。
「ん……」
キスしたところを深尋がぼりぼりと掻くから、思わず笑いがこみ上げる。
いとしくて、たまらなくなって、結局ぎゅっと抱きしめてしまい、さすがに深尋が「んあ」と目覚めた。
「ごめん、起こした。もうベッドで寝よっか」
「……うん」
のろりとこちらへ寝返りをうった深尋が、ゆっくりと瞬きして背中に手を回してくる。
「……あったかい、准平……」
深尋の顔を覗いたらすでに目を瞑っていて、すぐに動いてくれそうもない。准平は、しょうがないなと笑みを浮かべた。
――もう少し、このままでもいいかな。
深尋が寒くないように、准平もその身体をそっと包み込んだ。